Moin Moin北ドイツに暮らす→南ドイツで暮らしはじめました

食いしん坊オペラ歌手の夫と3人の食べ盛りの子供達との楽しい食卓、バイリンガル教育、音楽、オペラ情報等を北欧ほど近い北ドイツの街から、お届け☆→2020年フランスほど近い南ドイツに引っ越しました。

海外で暮らすということ。

皆さまお元気でお過ごしですか。

 

今日はレシピなし記事です。

私の心はだいぶ健全ですが、重たい内容です。苦手な方はどうぞスルーしてください。

 

f:id:saki-bianca:20210616005253j:image

先日、母が亡くなりました。

 

気持ちを整えていくのに時間は必要だけど、、、
1日経って私も泥の様に眠って、家族で森へお散歩へ出たら、気持ちも健全になってきています。

月曜にはオンラインレッスンを再開しています。

私を音楽の道へ導いてくれたのも母です。

 

自分自身も母親になって、子供の誕生にはお腹に生命を感じた時から、それぞれに個性が有ることを知ったのですが、人の終わり方にも「らしさ」が出るのだろうと、思い始めています。

それもその人への関わり方によって、もちろん感じ方も変わるのでしょうが。

 

コロナ禍で、私の思いだけでなく、いろんなバランスを見ながら、帰省が叶わず、(今回ほど日本との距離感を感じた事はありませんでした。)

母の想いに応えられない苦しさの中では、

「自然界の生物たちだって、愛情を存分にかけてもらって独り立ちできたら、もう親元には戻らないでしょう。親も子も自信を持って世界に羽ばたいている。それが自然の摂理なのかもね。」

と言った夫。厳しいと感じる人もいるかもしれないけれど、私はこの言葉にとても救われました。

 

「便りがないのは元気の証」の如く、仲良し母娘と思われる割には頻繁に連絡を取り合ったりはしなかったのですが、この1年はほぼ毎日オンラインで繋いで、空気をともに感じていました。なかなか聴かせる機会が少なくなっていた私のピアノもしみじみと聴き入ってくれていました。

ついに、エネルギーがなくなるのが感じられたので、その前日から15時間徹夜でオンラインで繋いでいました。
最期の時間を一緒に過ごせました。

母の死に際を私1人が見届けました。

たとえ日本にいてもその時には隣にいられなかったかもしれないなら、離れていても、

ずっと見ていられたのは幸せでした。

とても穏やかでした。

 

冒頭の写真は、先月、仕事で夫が帰国した際に私が母のお誕生日に贈った食器セットの一部を持ってきてもらい、母とオンラインでお茶をした時のもの。

既にお湯呑みを持つ体力もあるかどうかでしたが、どうしても一緒に

「美味しいね。素敵ね。幸せね。」

と言いながら、お揃いの食器でお茶をしたくて、叶えてもらったお茶会の時のものです。

 

闘病約1年、母が最後まで言葉にしていたのは、

「ありがとう」「大丈夫」

あったかくて、私も大好きな言葉たちです。

 

母娘関係だって、いつも笑顔ばかりだったわけではなかったけれど、

この二つの言葉と「あいさつ」はずーっといつでも近くにありました。

どんな時でも、たとえ落ち込んだとしても、精神を保っていられるのは、深く信じてきてくれた母の愛があったから。

 

「ありがとう」私はこれからも「大丈夫」。

ちゃんと向こうでパパと再会の「あいさつ」を交わしてね。

 

 

 

最後まで読んでくださりありがとうございます。

次回からはいつも通りレシピ付き記事を投稿します。こんな時でもしっかり身体が温まるお食事をしています。

これからもどうぞよろしくお願いします。              saki